癒しの風~薫風堂~

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難経を読もう会

木曜日である今日は、私が学校で主催している、

「難経の研究」を読もう会 が、開催される(大げさ)日。


朝、重い身体を引きずって、6:30に家を出、

いつもより一本早い電車に乗りました。


で、乗り換え駅でも、走ってスムーズに乗換えが出来た~と、思ったのでしたが、

信号機の故障とかで、車中で40分ほども立ったまま待つハメに…

電車の中、身動きもあまり取れずに、重いバックを持ったまま、

40分立っている事は、今の私の体力には負担が大きすぎました。

すっかり、疲れ果てながら、しかし、駅から走って学校まで。


5分でも良い、一人でもやるぞ!の勢いです。

メンバーも2名、来てくれて、約20分ほどでしたか、

素読をして、それに詳しく解説をつけながら、説明してゆきました。

自分が主催している、というのは、恐ろしいもので、

食事が全く摂れずに、点滴を受けに病院に通っている身体を

引きずってでも行き、実行してしまうものです。


だから、大事なのは「心意気」なんですね。


解説をするからには、充分な下調べと知識が要求されます。

が、いかんせん、まだ学生ですから臨床経験がありません。

好漢医学林の師匠が解説して下さった言葉を、

自分なりに噛み砕いたり、他の本で調べたりした知識を総動員して、

後輩達に伝えている、と言ったところです。


今日は、先日、師匠が解説して下さった、『難経本義諺解』と

同じ『難』を読みましたので、復習にもなって良かったです。

『難経16難』を、3ページほど、素読、解説をしてゆきました。

始めは難解だと思った古典でしたが、読むほどに味わい深く、

また、自分で思っていたのとは違う解釈を伺ったり、考えたりしたことを

人に伝えて行くという、苦しいいけれども楽しい時間を、週に一度、作っています。


「学ぶ」ということは、「真似る」が転化して出来た言葉だと言います。

   まねる→まねぶ→学ぶ という風に。

師匠の治療を真似て、真似て、真似て居る内に、それを身体が覚えてゆく、

それが、実学となり、大きな学びとなって自分のものになるのです。


鍼灸は古来より、師匠から弟子へと、手から手へ、

愛情と、厳しさ、人を救うという覚悟と共に伝えられてきた技術です。


私も、師匠の技術を真似て、真似て、真似て、身体に叩き込んで、

同時に古典にある経験医学という確かな医療技術という「」と共に、

引き継いで、次代に伝えたいと思います。

それには、「しびれる」事です。

常にしびれ、心からも、頭からも経絡治療が離れない、という状況、

今のモチベーションを、もっと高く

昨日より今日、今日より明日、明日より明後日、と、更に高く持ってゆくことです。

今、成長中のスカイツリーのようですね。

が、スカイツリーは、出来上がってしまえば、そこで成長が止まってしまうけれど、

私達の学ぶ「経絡治療」は、成長を止めること無く、

自分の中でも、毎日を学んで修して、とどまる所を知らない、

といった様に、高く、志を持ってやって行きたいと思います




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