癒しの風~薫風堂~

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色々

ご心配をお掛けしておりましたが、

投げつけたi-podも翌朝には正常に戻っており(不思議??)

もしかするとアップル社は、昔っぽい造りの機械なのかも(笑)


昨日、診に行っていた母も既に皮膚面は完治しており、

「帯状疱疹後神経痛」が残ってはいますが、殆ど元気でした。

良かった♪です。


疲れてはいますが、元気で帰ってきております。

たくさんのコメント、ありがとうございました。

こうしてみると、いかに自分が沢山の方に支えられている事かと、

本当に心から感謝の念が湧いてきます。



さて、先日、「腎経」について書きましたが、

腎が主っている「神」が、「精・志」です。

このうちの「志」について、大森曹玄老師が「ろあん橋講話」という本の中で、

非常に解かり易く説明して下さっているので、今日はそれを書こうと思います。

大森老師は、法系図の中では臨済宗、天竜寺派の第10代の老師でいらっしゃいます。



志を高く立てる

「無理強いしてやられると、「機(=気 鈴木正三師は、此の字を使ったという事です)

減りて病者と成り、気違いと成る者数を知らず、只志を進め、真実を起こすべしと也」

そこで志を進める。「志」というのは心の示す方向。心がどっちを向いているか。

心が道を求める方に向いているのか。健康になりたい方に向いているのか。
 
世の中の為になりたい方に向いているのか。どちらを剥いているのか。

その「志」というものが我々の全身の気力を引っ張ってゆく

孟子が言うように、「志は気之帥(すい)なり。気は体の充(じゅう)なり。

志というものは気を引っ張ってゆく、指す方向である。

気体之充也(きはからだのじゅうなり)。体の中に気というものは一杯ある。

この一杯ある気をどちらへ引っ張っていくか。それは志が引っ張っていく。

つまり、志は統帥者、引率者。この引率者が方向をはっきりしなければ、

どちらに行ったらいいのか分からない。グラグラして、

丁度軍隊が前進するのにどっちへゆくのか、目的がはっきりせずに、

あっちへ行ったりこっちへ行ったり、それじゃ疲れるばかりである。

心の指す方向をまず自分ではっきりすること

志を進めて、そして気を引っ張ってゆけば、気は体の充なり。

体中にある一杯の気と言うものが志で引っ張ってゆかれる。

山鹿素行が『士道(しどう)』というものを書いている。

志が引っ張っていく気の範囲を「気象(きしょう)」という。

それが器量というものを決定する。つまり「器(うつわ)」である。

器が大きいとか小さいとかいう事は、志が高いか低いかと言う事に因って左右される

引っ張ってゆく志が高ければ、気の範囲が広いわけである。

従って気象が大きく器が大きいということになる。

志が低ければ、引っ張られていく気の範囲が狭くなるわけである。だから器量が狭い。

器が小さいということになる。

この道場で字を書くでしょう。(筆禅道をやっていらした)

その字を規模が小さい、スケールが大きいとかいう。

スケールの小さい字は、その人の志が低いのだと思う。

志が低いということは自分自ら恥じるべきである

志は自分が立てるのだから、自分の気力をどっちへ引っ張っていくかということは

自分で決めるわけである。

その志が高ければ、気の範囲が広い。

これは、山鹿素行の『士道』という本を見れば詳しくかいてある。

このようにして、志というものを先ずはっきり立てる。

志が立てば、道は半ば成就したも同じ。

発心正しからざれば万行空しく施す。発心は志です。

これが正しくなければ、全てのものが空しく施すという結果になる。

そういう意味で、気力を旺盛にしようと思うならば志をはっきりと立てる、これが必要である。」



素晴しい心がけ、志の立て方ですね。

常に常に「志」を高く保ち続けるという事は並大抵では在りませんが、

我々医療人は、そうあって当たり前でなければならないと思うのです。

発心は何ですか?

衆生無辺誓願度、煩悩無尽誓願断、法門無量誓願学、仏道無上誓願成

この四句誓願文が、本来、医者の志であるべきです。

自分がぜいたくをしたいから? 世間でより良く見られたいから?

一般の人より高給だから? 学があるように見えるから?

そんな事で医者を目指したのでは、ろくな医者になりません。

命を削ってでも「治してあげたい」という「志」があってこそ、

本物の医者でありますし、また、自分もそういう医療人でありたいと思います


東洋医学とは本来、「手当」、痛いところ、辛いところに

手を当てて、苦しみを取り除いてあげる、そこに由来しています。

どうかこの手が、何時の日か、誰かを救える手でありますように!





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コメントコメント


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真っ直ぐな強い意志を持ち言葉や行動にしていくことで必ず実現化する・・・カノンもそう信じています^^

カノン | URL | 2010/12/17 (Fri) 08:55 [編集]


志と器のお話、おもしろかったです。
というか、腑に落ちるというか・・・。

高い志を持った自分でありたいです。

それは自分の責任、自分次第・・・
はっとさせられました。

瑠璃白 | URL | 2010/12/17 (Fri) 13:07 [編集]


Re: タイトルなし

> カノンさん
そうですね!私もそう、思います。
その為には「志」、「器」を大きく持つ事と、
再認識しました。
コメント、ありがとうおございます。

白い月の風 | URL | 2010/12/19 (Sun) 15:43 [編集]


Re: タイトルなし

> 瑠璃白さん
ありがとうございます。
禅の中の話なので、一寸とっつきづらいかな~、
と、思っていたので、嬉しいです。
東洋思想には、自分を「磨く」という
ことを、「鏡」に象徴していて、それが三種の神器の一つ。
毎朝、鏡を見るたびに、「この様に、人の心も映す自分で居たい。」と、
思います。
志は高く、気持ちは広く、心は大きく持ちたいものですね。

白い月の風 | URL | 2010/12/19 (Sun) 15:49 [編集]


 
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