癒しの風~薫風堂~

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

昔から、師匠に付くのは難しい。

行脚は身命を顧みず
 一日初入の僧、無縁の僧と成、諸国を乞食し廻らんと云いて師を辞す。
師苛して曰、内々聞きし事、言語道断無分別なる思ひ立ち也。
先仏道を修せんと思ふ者は、能師を求め、能友に交じる事肝要也。
然るに修行昨今の思ひ立ちにて、図方も無、すべをも弁ゑず、
徒に諸国を行脚せん事、我同心無。
古来先達の行脚と云うは、師を尋ね、道を求め、身命を不顧、
千万離の行脚を作も有り、或いは得法の人、
諸方を勘弁に行脚せられたるも有り。
或いは丈夫底の人、万緑に触、弥々性をためさん為の行脚も有り、
或いは心有人、山水草木に向て心を磨かん為の行脚は有れども、
其の方如きの図方無者の行脚を作徳有事を知らず、
在在処々を妄りにうろたえ廻り、無作法者と成、
為方無ば盗みをもし、忽ちゆへなく悪人と成るべし。
此つれに行脚して買僧に成、気違いに成りたる者数を知れず。
輪が斯様の者にあきはてり、沙汰も聞くもいや也。
若我異見をも聞きば留まるべし。左無くば、向後出入無益也。
今後後世の縁を切ると、大いに苛し給ゑば、其の者頓て留まりぬ。


「一日初入(しょにゅう)の僧、」初めて禅門に入って未だ日も浅い坊さんが、
「無縁の僧と成り、諸国を乞食し廻らんというて師を辞す」
正三の道場に来て弟子入りをして修業したいと言ったのであろうけれども、
幾らも起たないうちに、今度はこの正三との円を切って
諸国を托鉢修行して回りたいからと言って、正三に、ここを辞去したい、
出て行きたいと申し出た。

そこで、「師苛して曰く」、正三道人が大いに叱って、
「内々聞きし事、言語道断無分別なる思ひ立ち也。」
お前がそういう事を考えているとは内々聞いていた。
全く言語道断であり、無分別な事だ。けしからぬことを考えるやつだ。

「先ず、仏道を修せんと思ふ者は、よき師を求め、よき友に交わる事肝要也。」
ここで仏道というのは、禅の意味だけれども、先ず禅修行をしようと志す者は、
最初に良い師を求める、そしてよい道友に交わる事が肝要である。昔から禅門では、
「三年学ばず師を求めよ」という言葉がある。
誰でもいいからといって取り付く、そのくせ、すぐそこから去る、
そういう軽はずみな事ではいけない。

よくよく見定めて、此の人は、自分が一生、未来永劫付いて行けるかどうか、
という点を見定めて、その上で師を仰ぐ。
そうして、良い共に交わる事が肝要。矢張り一人では修行ができない。
道友というもの、心友といういうもの、智音というものがなければいけない。
なかなかそのような道友、知音と言うものは得られないけれども、
それでもそういう人を探して交わり、お互いに助け合っていくという事が必要だ。
幾ら堅固な志を立てて修行しようとしても、いろいろな事情で挫けることがある。
そういう時に手をとって一緒に心強く導いてくれる道友が必要だ。
         大森曹玄著 「ろあん橋講話」より


非常に難しい表現の様に感じますが、

「結局、人は、一人では生きて行けないよ。

自分に会った「師」、「道友」を探し、共に生き切る事が大事」

だという事を言っているのです。

ただ、その「師」、「道友」に逢う事は非常に難しい。

だから、3年間は、「師」につくな、と戒めているのです。

最初は凄く、良い師匠だと思った。が…

時が経つに従って、「我」の強さがでてきてしまったり、

「人を教える器でなかったり」する人が「師匠」と呼ばれたいのです。

ここが、問題になってくるのです。

自分にピッタリと会う、志を共に出来る、

「未来永劫着いて行ける」、そんな師匠に私は出会えました。

これからはぶれずに、しっかりと歩いてゆきます。

もちろん、医療家ですから、術技が多いに越した事はありません。

頑張って、師匠の「志を受け継ぎ」、そして、術技の優れた、

そんな治療家が理想だと、夢見ています。

師匠、道友たちにもう、出会っているのだから、

既に道は半ば達成されたといっても良いでしょう。

後は自分の修行次第。勉強次第。

頑張ります。
スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

これですね♪

なるほどです。

もともと「雲水」という呼び名自体が
行雲流水。雲が行くごとく水が流れるごとく、自由で一か所にとどまらない、自分にあった師匠を求め歩く。
というぐらいですから、その僧もそうしようと思ったんでしょうね。

でも、師匠の見極めは本当に難しく、
この僧のように、ろくに取り組みもせずに変わってばかりいたら本当の師匠に巡り会えるはずがありませんし、

本当に真剣に関わったからこそ、
自分の求める師匠ではなかったと分かるのでしょうね。

縁、そして運など
不思議なこともありますが、
本当の師匠と出会うことは本当に素晴らしいことですよね♪

建岳 | URL | 2010/12/14 (Tue) 23:46 [編集]


2222アクセス、ありがとう~☆プレゼント企画

本日、プレゼントを受け取りました。
本当に素敵なプレゼントを有難うございます、大切に使います。
また、これからのブログも楽しみにしています。
            (次もねらいます(*^_^*))

パトラッシュ | URL | 2010/12/15 (Wed) 19:09 [編集]


Re: これですね♪

> 健岳さん
いつもコメントありがとうございます。
鈴木正三の禅は「仁王禅」とか「土禅」などで知られていますが、
その素朴さが、私が惹かれる理由の一つです。
「ただ、土のように坐れ」、と言うのが好きな言葉です。

畑を作って野菜や花などを「土」に植え、美味しく頂き、美しさを愛でる、
その「土」に食べた残渣や枯れた花など一見「汚い」ものを
「土」に埋めておくと、汚いものが「肥料」と化して、
また次代の植物を育てて行く、
そういう考えに繋がっていくと思っているのです。

「師匠」と呼べる人に出会うのは本当に難しい事だと思いますが、
私の場合、先に「師匠」に出会ってしまい、その師匠の門下に
入りたいが為に、「鍼灸の専門学校」に入学したという、
普通の人とは逆の順序で素晴しい「師匠」に出会っております。

学校でも、「この人なら」と思える人に出逢いましたが、
生憎、「師匠」となれる「器」の人ではありませんでした。
小さい人ほど、自分を大きく見せたがると言います。
当に、其の言葉通りでした。、
これもまた、貴重な人生経験だったと思っています。
自分は決してそのようになるまいという、反面教師となってくれました。

我が師匠は鍼では「横田観風」師、禅では「佐々木玄宗」老師、そして、
人生に於いては、主治医でもある「高木真観」氏です。
そして、道友として「いやしの道」の仲間の面々が居ます。
また、学校の先輩や元同級生など、心から信じあえる人が居ます。

3人もの「心から信頼できる師」に出会えるなんて、
あまりにも恵まれすぎていますね。
これからも、益々前向きに行き、倒れるなら前へと、心したいと思っています。
常に前を歩いて下さっている先師方が、必ず手を引いて下さると信じているからです。

白い月の風 | URL | 2010/12/16 (Thu) 19:33 [編集]


Re: 2222アクセス、ありがとう~☆プレゼント企画

> パトラッシュさん
昨日はお逢いできて、本当に嬉しかったです。
いつも、影となり日向となり、支えて下さってありがとうございます。
今度は、資格を取得できた時にいっぱい奢って下さい(^^)v
その時には、飲めないお酒でも飲みまくります。
今から其の日を心待ちにしております。

白い月の風 | URL | 2010/12/16 (Thu) 19:45 [編集]


http://www.62diyss.com/

財布 コーチ

財布 miumiu | URL | 2013/09/18 (Wed) 17:18 [編集]


 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。